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一日をムダにしないポイント!嫌なことを先に片づける習慣。

毎日を送っていて、やらなくてはいけないが気が進まない。面倒くさいから後回しにする。こんな事が転がっています。この事を考えただけでダルくなる、そんな事です。後回しにしていても、なぜか頭の片隅にこびりついていて他の事をするにも集中できません。鬱陶しい物事です。こんな時、外回りのサラリーマン時代に課長に言われたことを思い出します。「自分にとって良い訪問先、嫌な訪問先ってあるだろ?どっちから行くのがいいか教えようか?」と。「俺は嫌な所から徹底的に攻める。10か所のうち、1軒しか良い所がなくても最後に良い所に行く。なぜなら、嫌な所は行かなかったら絶対に最後まで行かない。引きづるんだよ。好きな食べ物と嫌いな食べ物と似たようなもの。食べ物は食べないって選択肢もあるけどさ。仕事はやらないって選択肢はない。やらなきゃいけない義務があるから、嫌な所から攻める」と。あれから20年が経ちますが、「この作業、放置したい!」という作業がある時、この事を思い出し、自分を奮い立たせ、無心でやるようにしています。すると不思議。パッパッと片づけてしまえば、片づいたという達成感から余裕が生まれ、自分が勢いづくのです。「嫌な事を片づけたから次は何するか!」と張りが出ます。この習慣を実践するうち、ムダな一日。何もしない一日というのが無くなりました。きっと、デキる人って小さな頃からこのような習慣を身に着けていたのでしょうね。デキる人を目指すならオススメの習慣です!

プロ野球選手を多く輩出する高校が常に甲子園に行けない面白さ

 我が県出身のプロ野球選手は複数在籍しますが,殆どが敦賀気比高校出身です。
他校だと福井商業出身のヤクルト中村選手が正捕手として活躍していますが,他に一軍選手はいないと思います。
敦賀気比からの過去のドラフト1位選手はヤクルト三上投手(引退),広島の東出選手(現コーチ),巨人の内海投手,一昨年のオリックス吉田選手と4人いましたが,他にも広島期待の若手である西川選手,選抜優勝投手の日本ハム平沼選手・選抜ベスト4の中日岸本投手,オリックス山田投手に山崎選手など将来が期待される選手が控えています。
毎年敦賀気比高校が甲子園に出ているわけではありませんが,選手の能力は際立っているのでしょう。
逆にそれだけの戦力を揃え続けながら甲子園には他校も出場している事が,野球は一人の力だけでは勝てないスポーツだという事を実証しているのでしょう。
夏の高校野球県予選も二か月後に始まりますが,今年はどこの高校が甲子園出場を果たすか楽しみです。キレイモ 分割払い

私の仕事は本当に何か重要があるのかと考えてしまうと終りです。

今日も一日疲れたなと仕事帰りの車の中で一服していました。
車を走らせて1時間程度で自宅に着きます。30分ほど運転した時にラインがきました。
相手は主人です。内容は子どもが熱を出したと言うのです。
主人の方が仕事場が保育所に近いので既にお迎えに行ってくれています。
帰宅後看病と言う仕事が始まるのかと思いながら、家路に向かいます。熱を出しても比較的元気な息子の姿を見て安心しながらも、やや甘えん坊になるので構ってあげないといけません。
私はあまり母性がないのか、構ってほしいと言う子どもよりも自分の時間が欲しい方です。
今日も一日働いて疲れたのに、と思っていますが、よくよく考えると私の仕事はそんなにも大変なものではありません。
一日5軒程の家に出向き、話しを40分程きくだけです。
確かに車での移動は大変ですが、いつも同じ場所に行くだけです。
大変、疲れたなんて言っていますが、全く疲れる仕事では無い事にこの度気付かされてました。
疲れている様に感じているだけなんだと思います。
こんな状況ならもう一度仕事をしても大丈夫だなと思って、子どもの面倒を見ています。http://www.igroupcal.com/category17/ashi.html

タイミングや場所によって変わってくる人の印象

人から受ける印象や、逆に与える印象というのは、場所や状況によって違ったりしますよね。
最初は苦手だったけど、何回か顔をあわせるうちに気が合うようになったり、はたまたその逆のパターンもあります。
最近思うのだが、友だちにもそういうものってあったりすると思います。
グループで遊ぶときに、その中にいると賑やかになるムードメーカーなんかがそうかもしれません。
一応、いっしょに遊んだりする友だちだし、そういうときにはちょうどいいテンションだったりします。
でも、一対一であったりすると、お互いの波長が合わないというか、なんとなく居心地の悪さを感じてしまったりすることがあります。
逆に、そういうグループでいるときには大人しくても、一対一で会うと、不思議と会話が弾んだりする人もいます。
私はあまり大人数で遊んだりするのが好きではないのですが、だからと言って一人でいるのが好きというわけでもありません。
なので、多分他の人も、私のことを「あんまりテンションが高くなくてはしゃがない人」と思われているんじゃないかと思ったりします。

昨日の昼間は久しぶりに痛みを感じなかったのは謎

昨日の私の体調日記です。
毎日休むことなく腹部の痛みが続いていたのですが、昨日の日中は何故か痛みが感じませんでした。
違和感は少しはあったのですが、びっくりするくらい痛みが気になることはなかったのです。
特に何か変わったことをしたわけではありません。
薬も飲んでいないですし、何か生活リズムが変わったりすることもありません。
私の場合は便秘の痛みとは違う痛みで悩んでいるので、便を出しても変わりありません。
夕方くらいから再び痛みが出るようになってしまったのですが、どうして日中の数時間の間は痛みを感じなかったのが謎です。
変わったことと言え ば気温が低かったことでしょうか。
気温が低い日で部屋の中も凄く寒かったです。
お腹が痛い時は温めるのが良いなんて言いますが、私の場合は温めると逆に良くないのかも知れません。
なのでお風呂に入った後なんかは気持ち悪くなってしまいます。
今私は外出も出来ない日々ですが、昨日の昼間くらいにでもなればまた外出をすることが出来るようになることでしょう。

小学1年生の習い事(イマドキの人は慌しい!)

乳児が小学校になり、周りの方ばかり習い事を通じていて、それも複数個かけもちやることに驚きました。昔は学校の宿題を通じて厳しくレクレーションをめぐっていましたが、今は習い事をしている方が多くそれぞれがあいておる日にはじめて味わえるというこのこと。そんな状況が、友人関係のアクシデントに繋がると聞きました。学校での修練だけではなくレクレーションの中で学ぶ様々なことがありますよね。友人を気遣う言動、こういうことは言ってはいけない、してはいけないなど。それが、今はレクレーションが減少しているので見た目が分からなくなってきていて、そこに父兄が出てきてアクシデントが大きくなっていくそうです。仕方ないとはいえ、ついついかわいそうですね。わが方も周りの習い事確率の高さに小1ながら焦ったのか自分も習い事をしたいと言い出しました。習い事は焦って必ず講じるものではなく、したいと思ったままするものだよは伝えているのですが、狭いながらに「わたくしは忙しないユーザー」というのが格好よく見えていらっしゃるような考えもしました。

「人生100年時代」というフレーズに対する違和感について

急に日本政府が「人生100年時代」などと言い始めて個人的には非常に違和感を感じている
そもそも長生きが無条件にいいとされているのはおかしいのではないだろうか
それは旧来の日本的価値観であり別に絶対唯一の答えではないし人生観はさまざまだ
それなのに人生100年時代の生命保険なんて保険商品も出来てきてるしなにかちょっとおかしいのではないかと感じる
ただでさえ日本の財政は逼迫しているので日本政府は老人になっても働いて納税させようという魂胆が見え隠れしているようにも思える
しかしそんな歳になって雇用があるとも思えないし仕事を退職して20年以上も年金だけで果たして暮らしていけるのだろうか
別に長生きを否定するわけじゃないが無条件に長生きが良いという価値観もちょっと違う気がする
あと20年とか30年とか経ったら前の時代の常識はだんだん通じなくなっても来るのだろう
すでに自分でもそれを感じつつある
それに100年も生きていたら体もよぼよぼになるし体力もなくなってきて生活資金が尽きて働いて稼ごうかと思っても働く場所すらなくなってしまうのではないかと思う
もっとも科学技術が進化してサイボーグ化して肉体の機能を維持できるとかなら話は別かもしれないが
そもそも現時点で年金支給年齢を75歳にあげようとしてるのにこの先も支給開始年齢があがらないという保証もないだろう
「人生100年時代」というのは大変に矛盾を感じるフレーズだと思う
こんなことを考えるのは自分だけなのだろうか?

お歳暮で頂いたチーズケーキの味に感動した日

昨日、私宛に宅配便が届きました。
小包には要保冷と記載されていますが、身に覚えがありません。
私は早速包装を開封して中身を確認しました。
なんと、友人よりお歳暮としてチーズケーキが贈られて来たのです。
私は嬉しさのあまり、思わず声をあげてしまいました。

直径20cmほどのチーズケーキは、好みの大きさに包丁でカットして食べるタイプです。
丁度おやつの時間だったこともあり、私は台所からまな板と包丁を取り出し、6等分に切り分け、自分と両親の分をお皿に取り、テーブルに並べました。
そして、輪切りにしたレモンを添えたティーカップに紅茶を注ぎ、両親を待ちました

チーズケーキはほのかな甘さで、口に入れた途端にとろけてしまい、みんな自然と笑みがこぼれています。
ケーキを口にする度に、贈ってくれた友人に対する感謝の気持ちが込み上げてきました。
酒好きな友人には、返礼としてビールを贈ろうと思います。

お歳暮やお中元はどんどん廃れているそうですが、日頃の感謝を表すには丁度良い風習だと、改めて感じた出来事でした。

「ごめん、愛してる」日本版と韓国版の違い

先週日曜日からTBS系でスタートした「ごめん、愛してる」は周知の通り韓国オリジナルのドラマです。
主演は長瀬智也さん、ヒロインは吉岡里帆さんですが、ちょっと韓国版と違う点があって?マークが浮かびます。
第1話は見ていなかったのでよく分かりませんが、今日の2話で相当違和感があったのは断言できますね。

これは次回以降の話でも言えることだと思いますが、原作の方は2004年放送なので2017年とは全く世界情勢が違います。
2004年には2004年の情緒というものがあったと思いますし、今風に最新のゲーム機なんか登場させてもあの頃の切なさは再現不可能です。
原作と比べてもセリフに違和感が生じます。何といっても国の違いはリメイクに大きな障害を与えていると思います。
日本語と韓国語にも情緒の違いがありますから、どう頑張っても完璧な再現は不可能のように思います。

日本語と韓国語という点にスポットを当てれば、原作のウンチェはムヒョクのことを「アジョシ」と呼んでいました。
これは和訳すれば「おじさん」なわけですが、「アジョシ」は日本語のようにそこまで野暮ったい意味はありません。
どちらかといえばちょっと良いなと思っている年上の男性にも使うくらいです。
ちょっと良いなと思っているんだけれどあんまり「大好き」感を出したくないときに使える言葉です。

これに関して日本版は相当おかしいと思います。今日第2話を見ていたら、吉岡さん演じる凜華が長瀬さん演じる律のことを
「おっちゃん」と呼んでいるではありませんか。これには原作ファンの私もほとほと呆れました。
原作にもある「アジョシ」呼びのかわいらしさが全くない。逆にムヒョクはウンチェのことを「トルティンア」と呼んでいました。
これは「ぼけちん」みたいなちょっと間抜けな感じです。こちらに関しては文句はありません。ほぼ同じ意味合いだからです。

まあ「アジョシ」と「おっちゃん」には微妙な違いがあるのです。その辺を理解して訳して欲しかったんですが…
やっぱり国の違うドラマをリメイクするのは無理があるみたいですね。日本人の感覚で和訳するととんでもない誤解が生じるのです。
とても大きな違いでなくとも「おっちゃん」と訳してしまうことによって原作者の意図を無視したことになります。
私はムヒョクのことを「アジョシ」と呼ぶウンチェがとても可愛くて好きだったのに、非常に残念です。

このドラマをただの日本オリジナルドラマとして見たとしても、「おっちゃん」というセリフには違和感しかありません。
長瀬さんは凄くワイルドでかっこいいのに、「おっちゃん」はひどいです。彼は絶対おっちゃんじゃないですから。
そういう点でも「おっちゃん」呼びはおかしいので、これからは何とかして頂きたいです。
日本版の脚本に関わる集団の中に一人でも原作の雰囲気や世界観を知っている韓国人を起用してもいいのではないでしょうか。

たくさん書いてしまいましたが、私が言いたいことはこの日本版を機に原作の方にも興味を持ってもらえれば、
もっと原作ファンが増えて良いんじゃないかなと。私はそういう方向を望みます。
「ミサ(原題の韓国語の頭文字を取った)」廃人が増えるといいなと思います。

過去、一日中野球漬けだった頃が本当に懐かしい

夏の楽しみの一つと言えば高校野球。プロ野球も同時にあってるけど高校生がいいんです。何事にも一生懸命頑張っている姿を見ると野球素人の私ですがいつも感動してしまいます。もちろん、プロの方だって一生懸命やっているとは分かっていますが…。若さの違いでしょうか(^^;)
でも残念ながらこの楽しみからはいつの間にか遠ざかって早数年。子供が居ない時や赤ちゃん時代は良かったんです。昼過ぎには必ず昼寝をしていたのでその時間を利用して家事そっちのけで負けてる方の学校を応援していました。けど、子供が少し大きくなったこの頃。当たり前ですが、昼寝はしない。加えて体力と時間が有り余っている夏休みはどうしても外出ということになり。結果帰宅時に疲れ果てている子供よりも年配の私は昼寝。子供はテレビ。私だって本音は野球見たい。でも体力とチャンネル権がないんです(>_<) でもこんな時間も永遠ではないと信じています!子供が私の手を離れるだろう中学生になる頃が今から楽しみです(*^^*)その時には必ず朝から晩まで野球漬けにするぞ〜!キレイモ無料

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